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仕事の行き帰り、ここ5日間くらいミスチルの『LOVE』だけ延々聞いていました。歌詞がかわいくてせつなくて。なんか好き。メロディがいいし。そしてきのう突然『終わりなき旅』の繰り返し聴きが始まりました。名曲といわれているけどわたしにはいちども響いてくることはなかった歌、どちらかというと近寄りがたいイメージでした。タイトルはとても好きだったけど。じわじわじわじわきてます。効いてくるフレーズがいくつか…歌詞がとつぜん身近になるとこってあるんだなぁー。数日つづく見込みです。
テレビドラマの『リーガル・ハイ』の堺雅人がすごくおもしろくて、この出てる映画が見たいなーと思ったときに浮かんだのがこのタイトルでした。飯島奈美さんの料理ということでも有名でしたねーそれも見たかったし。 これは南極料理人をしていた方のエッセイが元になってるほんとうに近いお話ということがわかりました。
食事シーンの最初は和食。全員ごはんのおちゃわんの柄がちがうのだけど全部かわいくて目がくぎ付けでした。 登場する料理以外で特筆すべきは「間」です。間が最高にいいです。さっと次のシーンへいってしまわないところがとても好き。淡々とした日々を描くドラマがわたしはやっぱり好きだなぁとうれしくなった映画でした。おなか空いちゃうし料理したくなる映画です。登場メンバー全員いい!
疲れて帰ってきて台所の洗いものが夕べのまま+増えていてものすごーくがっかりした。でも夫もGWだったんだなーとあらためて思った。こども部屋片付けてくれたんだし。わたしは休みの日はなにもせずだらだらしてるもんな。それだけで充分だよね。なんか常に追われてる気がするな。ごくごく基本の家事にさえ。「追われてる」と思うと涙がぽろりっと出てくる。じゃぁ感じ方を変えてみよう、と、「だれからも文句も言われず好きにのんびりやってるなー」と思ってみる。そうすると、ぐちゃぐちゃのリビングの風景も愛しいものに変わってくる。気持ちってほんとに不思議だね。のんびりゆっくりやればいい。そうすればだいじょうぶ。まだまだいける。
このごろは止まってしまっている読書ノート。引き出しから出してきてぱらぱらをめくってみました。感想は少なくて、気に入ったところを抜き書きしているこのノート、読み返してみるととてもおもしろい。長らく本は読みっぱなしにしてしまっているけれど、こんなにおもしろいのではまたやらないわけにいかない。再スタートしますよ♪
![]() 朝、空を見ていたら急に思い出した。あいほんに入れて連れてく。 これを聴いていたのはいつの季節だったか... ―青空に 小さな雲がひとつ ―追う風は だれにも見えないから 気持ちがしぼんでしまいそうだったので好きな詩を書いて何度も読みかえしてしゃきっとしました。長田弘さんの「空の下」という詩です。―黙る。そして、静けさを集める。 ―こころの籠を、静けさで一杯にする。 ―そうやって、時間をきれいにする。 ―独りでいることができなくてはできない。 たぶん、出版されるとすぐに買ったんだと思います。調べてみたら25年前みたい。そのときは、ぜんぜん良さがわからず退屈ですぐに読むのを止めてしまったのでした。きれいな装丁の本はいつの間にか手ばなしていた。今回どうして買ったのかな、またこうして出会うことになって、それも抱きしめたくなるような存在になって、そのめぐりあわせがとても不思議です。 読み終えて、一日経ってから、冒頭の数十ページに戻りました。のどが狭くなるようなかんじ...せつないような安心なような。そういえば、この本は全体がせつなさと悲しみと少し安心な感じに包まれていますね。 『春の熊くらい好きだよ』 『僕の時間を少しあげて、その中で君を眠らせてあげたいくらいのものだよ』 去年の4月からフルタイム勤務になり、それはそれはこわくて必死で紡ぐ毎日でした。思い立ってそのころのノートを読み返してみたら大まじめの顔のわたしがなにやら一生懸命になっている。今でも小心ぶりはあまり成長していず、相変わらず仕事に行くときには気が重いのですが、ノートを読んでずいぶん前に進めている今を感じることができました。あの時ふんばってくれたから今のわたしがあるんだなぁ、がんばって乗り越えてくれてほんとうにありがとう。自分にお礼を言いました。
毎日あいほんで写真を撮っています。それはtwitterとinstagramに投稿することと合わせて毎日の生きがいのひとつになっています。写真ってひと言で言ってもたぶん人それぞれに定義がちがうのだろうなぁ。わたしにとっては「今」を切り取る手立て。「今」なんです。だれかの「今」が流れてきたらそれはとても気になるし魅力的だし見入ってしまいます。写真そのものも、それからそれをどんな仕草でどんな表情で撮ったのかとかも。そのときの気持ちとか。撮り終えた後ふっと息が漏れた?ほほえんだ?どや顔したナ、とか。自分の「今」もだれかに伝えたい。写真とは、ことばとおなじように今を切り取って残すもの、伝えるもの。立派な機材を持っていたらそれもちがってくるのかもしれないけど、わたしにとってはそう。「作品」じゃなくて「今」。
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